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同窓会

私は、大阪市の港区で生まれましたが、物心ついた時は、大阪市の北東の町、東淀川区の北江口・井高野地区で暮らしていた。市営住宅の平屋と団地が立ち並ぶ、川に囲まれた地域だ。 当時昭和40年代から50年代は、まだ田んぼだけではな […]

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レスポンス

仕事を進めていく上で、この頃よく感じることは、 レスポンスが早いと大きな仕事が降りてくる。 レスポンスが遅いと、大きな不安が降りてくる。 何とも、気忙しい世の中になってしまった感があるけれども、 その流れに対して、自分自 […]

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最初の観客は自分

イベント作りの原点は、「初めて見る観客は自分自身なのだ」ということ。 リハーサル含めて、自分自身が感動しないイベントはお客さんも心を動かさないだろう。 なので、そこを一番重要なポイントでイベントを制作している。 そして、 […]

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現場にヒントが落ちている

イベント制作において一番重要なことは現場をしっかり見ることだと思う。ステージはもちろん、そこに至る動線の確認、トイレの位置などお客さん目線で現地を観察すると、いろいろな課題が見えてくる。「現場にヒントが落ちている」「現場 […]

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未来予想図は絵に描いた餅だったのか・・・

震災の年にスタートした弊社・株式会社ニューズ 私は専務取締役として、業務に携わっていくことになる。 社長は、もう一つのイベント会社M社のM社長。 M社と弊社は、グループ会社ではあるけれども、取引先を分けていく戦略。 昨今 […]

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「放てばまた満てり」

若い頃は、何事においても執着心が強かったように思う。 先行き不安なせいか、 「このチャンスを活かすんだ」 「この仕事は絶対取るんだ」 会社をやっている限り、常に存続していくことを考える。 社員にも安心させてあげたい。 し […]

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奇跡の笹

1995年1月17日5時46分、阪神淡路大震災発生。近畿圏の広域にわたり未曾有の被害を受けた。特に、神戸市の市街地の被害は甚大で犠牲者は6434人にも達した。(出典Wikipedia) 私は、前年(1994年)に大阪市内 […]

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閑話休題〜30年を振り返るにあたって〜

会社を立ち上げたのは本当に急なお誘いが全ての始まりだ。資金も人脈も、事務所もそれに伴う事務機器も、全てM社長が筋書きを書きそこに乗せられたと言っても過言ではないだろう。なんせ、1週間後に返事くれって、迷う暇もない「決断」 […]

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決断の時

「人生はやるか! やらないか!」常に決断の連続である。重大、些細なものの違いはあるが、誰もが決断の毎日を過ごしていると言ってもいいだろう。そして、人生におけるターニングポイントは、予期せぬ時にやってくる。 1994年10 […]

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平穏な日々に突然・・・

1990年の国際花と緑の博覧会は、私のイベント業界におけるエポックメイキングな仕事になったことは確かである。 その後、長男・長女が生まれ、プライベートにも変化が訪れ、なんとか大阪支社を盛り上げていこう、給料も上げてもらお […]

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