「kogakusyu翔・15周年ライヴ」

 今から15年前、2000年、私はあるイベントの舞台監督として、リハーサルを仕切っていました。

ある式典。オープニングアトラクションは、太鼓集団。
よくあるパターンではあります。時間の制約がある中、演者さんが、セッティング。
「では宜しく」
私は時間を気にしながら、リハの時間を演者に預けます。
篠笛が静かに鳴り響く、太鼓が共鳴し始める・・・・・
鳥肌が立つ。
舞台監督である私が仕事中になってはならないんだけれども、その曲に魅せられました。
Kogakusyu翔との出会いは、衝撃的でした。
純粋にその曲にやられました。
今までの太鼓集団にはない、感動。

その後、何度か私のイベントに出演いただき、陰ながら応援しつつ、時は流れていました。

噂で聞く彼らの活躍を楽しみにしつつ、少し疎遠になった時期もありながら、私も会社のマネージメントでなかなか余裕のない日々が続いていました。

あるイベントで再会。それは大阪市内の神社の夏祭りでした。
弊社が共催で開催したイベントに出演いただきました、3年ほど経っていたでしょうか。
アンコールで「越える河」をリクエストしましたが、当時はメンバーも変わっていたタイミングで
「この曲はできないんですよ。」
思えば、リーダー吉村氏が一番苦しかった時期だったのかもしれません。

今から10年前、私は毎朝「越える河」を聞いていた時期があります。会社のメンバーと軋轢があった時期です。その後、袂を分かつことになりますが、会社マネージメントの難しさ、厳しさを一番感じていた時期です。

人が集まると考え方、やり方、進んでいく方向性、など、ずっと一緒であることは、ない。
本当に悩んでいたタイミングに「越える河」は勇気をくれました。

バンドメンバーをまとめていくこと、会社をマネージメントすること、お互いにフィールドは違うけれども、その難しさ、楽しさ、苦しさは同じなのかもしれません。

昨日、15周年ライブが開催されました。オープニング曲が「越える河」
最初から、震えてしまいました。自分のこの15年とリンクしたライブ。
決して振り返りはしないと決めているけど、浮かぶその日々。
いまは、すべてが感謝の15年。

ある日、吉村氏から「飲み」に誘われました。そんなに飲めない彼からの誘いは少し意外でしたが・・・・
サシで飲むことは初めてでしたし、お互い飲みすぎましたが、彼の夢を共有できた瞬間かもしれません。

今、「ユメハネ」というイベントを一緒に創っています。まだまだ、力不足ではありますが、なんとか、もっともっと大きなイベントにしていきたいと思ってます。
彼らの曲に激励されたように、まだまだ人に元気を、人にユメを、人に勇気を、与えられると思います。

微力ながら、私もそのユメを一緒に創っていきたいものです。

株式会社ニューズさんの写真