1988年4月瀬戸大橋が開通。
様々なイベントが開催されました。
思いで深いのが、
四国側の山の上から、瀬戸大橋を借景に衛星中継で
東京晴海のイベント会場に、映像をおくる仕事です。
当時、映像を衛星でおくるというのは、大変なコストがかかったものです。
ただ、時はバブル絶頂期・・・・・
風は吹く、雨は降る、寒い・・・・そんな中レポーターの女の子が
瀬戸大橋や、博覧会のキャンペーンレディのコメントを送る。
私は、フロアーディレクターとして、カメラさん、中継スタッフなどの、
お世話です。この頃の、私は使いっぱしり、なので、なんでもやる。
仕事が終わると、食事の店探し、予約。
まずかったら、怒られる。高かったら怒られる。
とにかく、すこしでも先輩の気に入らないことが有れば、怒られる。
まぁ、怒られて、皆の緊張感を保ってたのかもしれません、
結構きつい現場が、多かったです。この頃。
でも、不思議と、スタッフに一体感があったんですよね。
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