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2009年6月アーカイブ

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ぴあの関西創刊号に、
「何でもお手伝いセンター」が、取材され、掲載されました。
全く、予想していない、取材に我々スタッフは、舞い上がっていた気がします。

確かに、数々の仕事をこなし、数々のパーティを仕掛け・・・・確かなる動員力を
誇ってましたし、学生企業というニュースバリューもあったのでしょう。

当時、御堂筋新聞の記者からも、読者モデルとして、ペンションに行ったり・・・

マンションの一室から、より広い事務所へ・・・
武庫之荘から、大阪南森町の、オフィスへ引越たのも、こんな絶好調の頃でした。
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好事魔多し、とはよく言ったもので・・・・
そんな順風満帆な状況に、
カゲを落とし始めたのが、

「1000人ツアー」です。

実施は決まっています。チラシも配っています。

しかし、反応が・・・・・・悪い。

やる気が爆発しそうなくらい熱い分、そのギャップの大きさに焦り始めました。


内容を吟味をしなければならないのに、集客に優先順位をおき始めました。


やる気の充満が、逆に今までの 無理強いへの不満の充満へ、変わってきたのでした。

何でもお手伝いセンターも、2年目になり、
登録学生さんとは、アルバイトの仲間だけではなく、いろんなパーティを企画したりしました。
その頃は、ディスコ・・・・・・(時代を感じる・・・・涙)


よく、貸し切ってパーティをしたものです。
パーティには、学生さんだけではなく、若いOLさんや、働く若者たちも参加してくれました。なにか、若者エネルギーが充満していた気がします。


そんな、企画をすることが、とても有意義な時間でした。

動員も結構ありました。



ある日、そんな我々に対して、
「1000人ツアー」の企画が持ち上がりました。
行き先は、淡路島。
大鳴門橋開通記念に、開催されている「くにうみの祭典」を絡めた船上パーティ&ツアーです。
船を借切って、ツアーを企画。
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充満したエネルギーは爆発寸前でした。
ロープマンから、
次の年には、アルバイトチーフに格上げになり、何十人のアルバイトくんをまとめるようになりました。また、勝ち上がっていく高校生とともに、様々な場所に移動しながら、裏方さんを経験させていただきました。
それは、彼らとともに、勝った喜び、負けた悔しさを、共有する貴重な体験でした。


そんな、イベントのバックステージスタッフの、面白さに魅了された、私たち何でもスタッフは、昼も夜も忘れて働きました。



コンサートの警備では、近くにいるスターの笑顔が、いまだ忘れられません。

甲子園球場でのイベントでは、初めてグランドから、スタンドを見たときの感激。

自転車の競技大会では、ロードサイドで、何時間も立って警備をしたこと。

ビアガーデンでは、酔っぱらい相手に、ディスクジョッキーのフロアディレクターを。

平塚の七夕まつりの、巨大七夕を買いに行ったこと。

パーティを企画して、ピエロの格好をして梅田駅をうろついたこと。

某化粧品会社の男性コロンのデモンストレーターをやったこと。

デビューしたてのミュージシャンと、地方のライブハウス回りの裏方、実際は機材とミュージシャンの方々の車の運転手。帰りに車がオーバーヒートして、信濃川の川辺でJAFを待ち続けたこと。あの時は落ち込みました・・・・


そんな日々を過ごしながらも、大学の講義にも出て・・・
充実した毎日だった気がします。


そして、順調にいっていた、何でも屋さんに、大きな岐路がやってきました。

1985年、大学2回生。

バイト三昧は相変らず、講義の合間に、雀荘に入り浸る生活にも、違和感を感じ始めた頃。


高校時代の友人から、1本の電話。

「おもろいことやるから・・・」

武庫之荘のワンルームマンションへ。






そして、友人3人と、始めた「なんでもお手伝いセンター」




当時 "俺たちの旅"というドラマがありました。
中村雅俊さん、田中健さん、秋野太作さん3人の織りなす青春ドラマ。
まさに、"何でも屋"はそれを地でいくものでした。



すべてが、おもしろく、毎日が新鮮なチャレンジ。お金儲けなんて、全く眼中になく、
ただただ、その瞬間が、おもしろかった気がします。


そして、この業界との初めての接触イベント。
今考えると、このイベントが、私の原点かもしれません。



「全国高等学校クイズ選手権、近畿ブロック大会」
今も、高校生には、おなじみの日テレの番組です。その近畿大会がありました。

我々、何でも屋スタッフが、やった仕事がYES/NOのロープマン。

真夏の汗をかきながら、ロープをあげたり、さげたり・・・・


その時、感じたのは、ロープマンの仕事そのものよりも、

そこに参加していた高校生の"熱い息づかい"に感動してたのかもしれません。




そして、その感動がいまもなお、この業界で働いている原点のような気がします。

忘れがちですが・・・・・


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弊社のある、大阪港/築港赤煉瓦倉庫横駐車場で、昨夜行われたイベント「築港キャンドルナイト」。

昨年に引き続き、2回目。

「天保山みなアート会」主催。



みなさん、ボランティアでがんばっておられます。
ガラスの容器も自分たちで集められて・・・・当日の運営も・・・・


たくさんの方々が、癒されてました。


地域活性化イベントの、お手本のようなイベントです。


来年はもっと、盛り上がる予感がします。




前にも書きましたが、月一回のマーケティングの勉強会。


忙しい中でも、必ず出席するようにしています。
それは、気力の補填の場所だからです。
マーケティング思考はもちろんですが、

それよりもなによりも、気力が補填されます。


思考のベクトルを何処に向けるか、
ネガティブに・・・・
ポジティブに・・・・

アイデアを練るときも、視覚から入るもの、聴覚から入るもの、
臭ってみたり、触ってみたり、なめてみたり・・・・

何かと、接触するときの、自分自身の受け止め方で
いろいろと変わります。

そんな、自分の思考のベクトルのメンテナンスが、この勉強会かもしれません。

今日は、初参加の方、女性起業家の方々・・・総勢50名余の参加・・・・

新たな出会いが楽しみです。



最近、テレビなどで活躍されてる 金子哲雄さん
何度か、お会いさせていただき、金子さんの視点のおもしろさに、
いつも感嘆させられます。
ヒトとは違う視点のおきかた、またそれを実感する行動力。
そして、何よりもたゆまぬ努力。
尊敬できる人物のひとりです。
最近全国ネットのテレビで見かけます、ますますの活躍を期待してます。





〜プロフィール〜

鉛筆からミサイルまで、あらゆるジャンルの流通過程を「五感」で追い続ける流通ジャーナリスト 兼 購買促進コンサルタント。

1994年 慶應義塾大学卒業後、株式会社ジャパンエナジー(JOMO :現・新日鉱ホールディングス)を経て独立。

お金をかけずに売上・利益を高める手法を求めて、日本国内のみならず世界中の行列のできる店を訪問・取材。その経営ノウハウをわかりやすくルール化し、各種メディアで情報発信している。

今年のスローガンは「お金をかけずに、Global Niche No.1」「お金をかけずに、小さくても世界で一番」をキーワードにテレビ、ラジオ、講演会などで活動中。





今週の「日テレ 行列のできる・・・・」に出演されます。




とにかく、浪人時代のチョット居場所がなさげなところから、解放されて、新しい生活へ夢と希望をいだきつつ、大学生活が始まりました。



浪人してたので、大学生活こそは、自活しないと・・・・・・真面目に通ったのは、最初の3ヶ月くらいで。

あとは、アルバイトの日々。



当時は扇町に学生相談所(略して 学相)という、学生専門のアルバイト紹介所があり、そこで、いろんなアルバイトを紹介してもらいました。


今ほど、情報が簡単に見つけられない時代です。

*のちの、何でもお手伝いセンター設立につながっていきます。


ありとあらゆる、アルバイトをしました。

ハジケタと言ったほうが良いかもしれません。


・某ビール工場でのケース入れ。

・引っ越し。

・いまはなき、食い倒れでのウエイター。

・交通量調査(交差点で座っているやつです)

などなどなど・・・・・


暇があれば、アルバイトしてました。


もちろん、出ないといけない講義は出ましたが。


1回生の夏、北海道へ・・・・・

まさしく、いろんな出来事との遭遇。キャンパスライフはそんな忙しい中過ぎていきました。


浪人後半は、予備校、図書館の自習室そして、実家の往復生活です。


合格後の、キャンパスライフを夢見て、精進生活だったような気がします。

ただ、時折卒業した高校のクラブ活動には参加していました。
基本、体育の先生になりたかったので、体をなまらせないように、トレーニングはさせてもらってました。


なので、第一志望は体育学科。




そして、当時は共通一次試験と呼ばれていた、試験のあと、
私学試験・・・・・・そして2次試験。



結論から、いいますと


結局、体育学科は、ダメで・・・・

経済学科に行くことに・・・・




新聞配達は基本自転車にまたがって、一軒一軒配達します。

慣れてくると、自分なりのルートができます。


とにかく、早く終わって・・・
温かいお味噌汁と、ごはん、お魚・・・・・新聞店舗の賄いさんが作ってくれてました。
朝ご飯がこんなにおいしいと、感じたのもこの頃です。




でも、トラブルが次々と。

当時は、アパートの部屋まで、新聞を配っていました。
ある日、アパートの一室の新聞がたまってたので、「どこか、旅行でも・・・」

でも、

ある時、夕刊を配っていたら、パトカーと、警官がそのアパートに・・・・
結局、その部屋で、亡くなられてたようで・・・
次の日の朝、自分の足音に、ビビりながら、配達してたのを、思い出します。

そのほかにも、

いないはずの、犬が突然、吠えたり。
雨で新聞がぐちゃぐちゃになったり。
入れ忘れて、お客さんに怒られたり。
新聞休刊日以外は、休めなく、本当に早く寝て、起きての毎日でした。

予備校では相変わらず、寝てばかりでした。

時間が無いということに、とても焦りを感じた気がします。


初めてのひとり暮らしの中で、

本来やるべきことを、見失っていた気がします。

「来春、大学に行くために、浪人したのに・・・・一体、俺は何してるんだろう??」


結局、3ヶ月あまりで、実家に戻って、勉学に勤しんで、の生活に戻りました。

その時にお世話になった、店舗の店長さん、先輩方、賄いのおばさん、同僚たち・・・
いろんな方々に励まされながらも、

挫折しました。

あの頃のシーンはいまだに、脳裏に焼き付いています。

その町の近くに行くと・・・・・胸がキュンと、なります。


でも、失敗や失望が、今の自分のパワーになっているのも、事実です。
チャレンジ精神は、いつまでも持ち続けたいものです。
残念ながら、高校卒業後1年間の浪人生活が・・・・

新聞配達をしながら、予備校に通いました。
初めての一人暮らしです。


朝刊、夕刊の配達は、肉体的にも、きつく。
それよりも、予備校では、ずっと寝てばかり、
なんせ、朝3時起きで、
折り込みチラシを朝刊に入れて、それから自転車で回ります。

最初は、お客さんを覚える所から始まります。
その時は、先輩に連れられて・・・半人前ですね。

一人で回れると、やっと一人前。





しかし、様々なトラブルが襲いかかります。・・・・・

このとき、本当に稼ぐことがどんなに、大変かを知ることになります。



続きは次回・・・・・
思い出す限りにおいて、初めて自分が働いて、お金を頂いたのは、高校生時代。
クラブ活動も、3年間やりきった、3年の冬休み。

某大手量販店の、食料品売り場。

正月をひかえた、歳末時の大忙しの店内で、棚に、商品補給をする仕事。


段取りが、わからずいつも怒られていた気がします。


少し、ほろ苦い「はじめての、アルバイト」



今から25年前、大学時代・・・

アルバイト三昧、雀荘入り浸り、コンパに行きまくり・・・・・と怠惰な学生生活。


でも・・・一応、やるべきこと。

教員免許を取る、運転免許を取る、そして北海道へ行く。

この3つができれば、後は、おまけ・・・・・



その目的のひとつ、北海道へは、お金が無かったので、

現地でアルバイトをするということで、行きました。

住み込みで、約1ヶ月。牧草を収穫する農家での生活。


夜明けとともに、起きて牧草地に・・・・夏でも北海道はストーブを焚きます。

トラクターで、牧草を刈って、それをサイロに収納するのが、主な仕事。

陽が落ちるまで、働きづめ・・・・・・1日終わると、晩御飯食べて、バッタンキュー。


ただし、雨が降ると作業ができないので、農家の親父さんが、いろんなところに連れていってくれました。

摩周湖、阿寒湖、襟裳岬・・・・・・、

ジンギスカンなど、おいしいものもいっぱい食べさせていただきました。


アルバイト代以上に、いろんな経験ができた、日々でした。


逆にいえば、お金を貰いながら、人生経験をさせていただいた気がします。

「何でも屋」を始めるキッカケはもしかして、北海道のアルバイトが原点かもしれません。




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今月11日にオープンする、友人の店です。
串焼き屋さん。阪急は塚口駅から歩いて5分ほどの場所にある。

昨日、プレオープンということで、友人たちが集まり、一献どころか・・・・・
夕方から、ずっと飲んでました。


"この店に来たら元気になる"ということで、店名は、+Plus(プラスワン)。
プラス思考で元気に!


景気のいい話が少ない中で、彼のチャレンジにエールを送りたいと、思います。


お互い年をとった、仲間たちが集まれる場所。時には、一杯って寄れる場所。

是非、1度立ち寄ってあげてください。

6月11日オープンです。

炭火焼立呑酒場 +PLUS 06−6426−2951 17時〜





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今、一緒に協力している、映像会社さんは、
いつも、常に様々なことにチャレンジしてます。

上の写真も、その一つです。
映像を単なる魅せるツールとし考えるのではなく、
お客さんにとって、どんな価値を創ることができるのか・・・・

今あるものの、価値をどうすれば、何倍、何十倍にもできるか?

我々に問われている課題です。

ハードとソフトの融合、異質なモノを組み合わせることによって創られる価値。
光の当て方を変えるだけで、同じものが、違う価値あるものとして、輝いて見える。


そんな、提案をし続けたものです。


日頃、仕事でお世話になっている、役者さんの、プロジェクト。
Matsuir Projectを案内します。




2009年6月19日?21日の3日間!
Matsuir Projectと演出家DAIがお送りするサスペンス!?
いえいえ・・・。
巷で話題の裁判員制度、みなさんもちょっと一緒に覗いててみませんか?

ここはコーヒーの香り漂う喫茶店。

『昨日のドラマ見た?』

『うちの息子がさぁ・・・』

なんていう、ごく普通の日常会話。

でもちょっと待って・・・。

お店の前に流れる川の向こうには・・・裁判所。


そう、今店内にいるのは裁判員に選ばれなかった12人・・・・。

『・・・・そういえば、あの裁判どうなるのかな・・・・?』

有罪 ――― ? 

   ――― 無罪 ?

あなたなら、どっち・・・・?

                      <Matsuri Projectコメントより>


何度か、観劇させていただきましたが、
小振りな劇場で息づかいが、直に伝わってきます。




是非、応援してあげてください。

詳しくは・・・下記アドレスへ。

関西ではすっかり、おなじみの妹尾和夫さん(ABCラジオ:全力投球!のパーソナリティ)が、座長をつとめる「劇団パロディフライ」


シアター・ドラマシティでおこなわれる本公演は
いつもハートウォーミングな、笑いの中に涙ありの、とっても温かいお芝居です。

また、毎年、その年の干支をテーマにしたオムニバス形式のお芝居も必見です。
山椒のように、ぴりりと辛い味のあるテーマ設定にいつも魅せられます。

座長の妹尾さんだけではなく、団員の方々それぞれが、味のある芝居をされる、私の大好きな劇団のひとつです。


時折、イベントのお仕事でご一緒させていただきますが、皆さん人柄もよく・・・・・
あっ・・・・最近、仕事一緒にできてないなぁ。

マネージャーのHさん、今度またお仕事しましょうね。

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51GYYSW7FSL._SL160_PIsitb-sticker-arrow-dp,TopRight,12,-18_SH30_OU09_AA115_[1].jpg仕事に関する本を読もう!と旭屋さんや、紀伊國屋さんや、Amazonさんを・・・うろつくことがあります。

雑誌から、ハウツー本、単行本、文庫本などなど・・・・


目が回るくらい読んでみたいという本があるんですが、

実際読破するに、

相当な労力が必要な場合もありますし、

「ん??」で終わる場合もあります。


プライベートで読む本はある程度、偏っているので、あまり失敗はありませんが、

ちょっと仕事絡みになると、チャレンジ精神で選んでしまいます。

なので、最近は諸先輩から、推薦いただいた本を、読むようにします。

そこから、関連した本へ・・・・・本が本を呼んでくれます。


ある、マーケティング会社の会長から、ご紹介されたのが、

「黄金のおにぎり」(高橋朗著)

マーケティング・コンサルタントの著者が、おもしろおかしく、わかりやすく、マーケティングについて、教えてくれます。

そして、同じ著者の

「銀座ママ麗子のマーケティング事件簿」


何か、ヒントがあるやもしれません。

次は、何を読もうか????



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15年ほど前に、仕事でアテネに行きました。


ヘドロ・アティクス音楽堂
この音楽堂は6,000人をも収容できる古代劇場の大きな舞台です。


その時のイベントは、"いまの、日本の文化"を伝えるのコンセプトのもと、
太鼓集団や、琴、ダンスパフォーマンスなどなど、決して伝統音楽や舞踊だけではない、
セミプロの方々が出演したイベントでした。

セミプロなので、ものすごく上手という訳ではないですが、
日本の文化の一旦を感じるにはとても良いイベントだった気がします。


あの、パフォーマンスをご覧になったギリシャの観客の皆さんは、どんな感想を持ったのでしょうか?

言葉を超越した、パフォーマンスに、お互いの国の息吹が感じられる。

そんなイベントをプロデュースしたいものです。